我慢は美徳?!

ちょっと不機嫌な広瀬まり

撮影者 中野耕司

「我慢は美徳?!」
『我慢、我慢、我慢しよう!
我慢が必要なこともある。
でも、我慢するだけでは、解決しないこともある。
我慢は美徳とは限らない。』

こんにちは。office ヒロセ代表の広瀬まりです。
日々の生活の中で、我慢していることはありますか?
と尋ねたら、大部分の人が、多かれ少なかれ我慢していると答えると思います。
生活をするということは、誰かと関わることですから、当然、自分の意見だけが通り続けるなんてことはないのですから…

他人から「あの人は、自分のやりたいことだけをやっていて、我慢なんて知らないんじゃない」と言われるような人でも、本人は、「やりたいことや言いたいことの半分もできないから、我慢している」と答えるかもしれません。
そのくらい、日々我慢することはたくさんあります。
「欲しい物があるけど、今の自分には高価すぎて手が届かない。」とか「本当は、この方法が良いと思うけど、喧嘩になるのも嫌だから、相手の言うことを聞いておこう。」なんて、我慢しますよね。

「我慢する」というと、辛いことを耐える、こらえて許すといった意味で、なんだか美徳のように聞こえます。
でも、我慢は、もともと「自分のことを偉いと思って慢心すること」という意味だったのだから、決して美徳とばかりは言えないのです。

特に、人との関係の中での我慢は、して良い時と悪い時があります。
「自分が我慢すれば丸く収まる」といった我慢はしない方が良いのです。
それは、自分の心を傷付けることになるからです。
その場をうまく収めることに注力をして、自分の心に傷をつけてしまっていることに気づいていないのです。
無意識にそれを続けていくと、心を壊してしますかもしれません。

だからといって、誰もが自分の意見だけを通していては、何も進みません。
そんな時は、我慢ではなく、お互いの意見を出し合って、納得して切り替えると考えると良いのです。
我慢した!と思うと不満が溜まっていきますから、後々、不満が大爆発!なんてことになるかもしれません。

我慢することがいけないとは言いませんが、美徳とばかりに、自分の気持ちを押さえ込んでしまうのも違うと思います。
自分の慢心、わがままは少し我慢して、他人との関係では、我慢ではなく切り替えると考えて、協働できると良いですね。

officeヒロセは、納得して切り替えることを心がけています。
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