認めて欲しいなら認めなくちゃね

広瀬まり誕生祭2019にて

撮影者 中野耕司

「認めて欲しいなら認めなきゃね!」
『一言言わずに、認めて欲しいな。
あ!私も一言言って、認めていないかも…』

こんにちは。office ヒロセ代表の広瀬まりです。
親にとって、子供はいつまでも子供です。
親としては、子供を良い方向に導きたいと、意見をしたり注意をしたり、行動を評価する言葉をかけがちです。

子供としては、何かをした時、評価ではなく、それができたことを認めて欲しいと思うものです。
もちろん、ルールに反することをすれば、怒られながら学んでいくことは必要です。

でも、何をしても「ここを直せばもっと良い」「これを足すと良くなるよ」などと言われ続けると、常に「何か足りないのではないか」と思い、自信を持って動くことができなくなるかもしれません。

私自身、子供の頃から「これも良いけど、こうしたほうがもっと良いんじゃない?」と言われることが多かったように思います。
その言葉は、私に対する否定ではなく、さらに良い方向に向かうための助言だと分かっていても、精一杯やったことに対して一言言われると、やっぱり、悲しくなり「何も言わずに、とりあえず、認めてくれないかなぁ~」と感じていました。

先日も久しぶりに母に会い、自分の作ったある物を見てもらったら、やはり一言言われました。
もしかすると、「見て欲しい」の言葉を「意見を聞かせて欲しい」と捉えたのかもしれませんが、「やっぱり、一言キタ~。」と感じた自分がいました。

その後、一人になってから、そのことを考えていたら、「どうして、何も言わずに認めてくれないのだろう」「何をしたら、認めてくれるのだろう」思い、急に悲しくなって、涙が溢れてきました。

ところが、一頻り泣いて、落ち着いてよく考えたら、私も同じように、母のしていることをすぐに認めず、一言言ってしまったことに気づきました。

その日は、母と出かける約束をしていて、髪を切ってから出かける予定でした。
出かけると言っても、用事があってお寺に行くだけのことです。
でも、母にしてみれば、私に髪を切ってもらい、選んだ洋服で出かける、待ちに待った時間だったのです。

「どちらの洋服が良いかしら?」と聞く母に「別にどっちでも良いんじゃない。たいしたお出かけでもないし…」と言ってしまったのです。
すぐに、思い直して、服を選んだのですが、聞かれた時に余分な一言を言ってしまったことに気づきました。

母の言った一言に「何も言わずに認めて欲しい」と思った自分が、母の行動を真っ向から否定するようなこと言ってしまったのです。
自分のやることを認めて欲しいという気持ちだけに囚われて、相手の行動を認める気持ちに欠けていたと反省しました。

親子に限らず、誰だって、幾つになったって、やっていることを認めて欲しい気持ちは同じです。
認めて欲しいなら、まずは、相手を認めないといけないと痛感しました。


どんな時も、お互いを認め合いながら、楽しく進んでいけると良いですね。
office ヒロセは、まず、相手の行動を認めるよう心がけていきます。
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